涼宮ハルヒの憂鬱 3 通常版
定価: ¥ 5,880
販売価格: ¥ 4,998
発送可能時期-
通常24時間以内に発送
会社: 角川書店
出演: 杉田智和, 平野綾, 茅原実里, 後藤邑子, 小野大輔
監督: 石原立也
Amazon.co.jpで見る
ケースの縦横比: 1.78:1
種類: DVD
EAN: 4997766611075
形式: Color
レーベル: 角川書店
製造: 角川書店
ディスク枚数: 1
販売: 角川書店
リージョン: 2
発売日: 2006-09-22
時間(分): 64
製作: 角川書店
関連商品
レビュー
おすすめ度: 




製品の要約: 彼女の憂鬱は世界の終わり
コメント:
角川スニーカー文庫刊・谷川 流原作/いとうのいぢ原作イラスト
『涼宮ハルヒの憂鬱』TVアニメ第5〜6話を収録したDVDです。
原作第1巻「涼宮ハルヒの憂鬱」の後半から最後までを描いています。
彼女の実態と彼の能力がさらに深く描かれ、憂鬱は苛立ちに変わり
世界の終わりが具現化されてしまう急展開へ繋がって物語は収束していきます。
第5話「涼宮ハルヒの憂鬱5」(TV放送第13回)
突然転校した朝倉に違和感を感じた彼女が動き始めます。
何故ハルヒは非日常を求めるようになったのか?
語られる真実と憂鬱さが深まる展開、彼の語る自身の能力、
世界の定義の揺らぎに事態の深刻さはさらに拡大していき、観る者を惹きつけます。
やはり「語り」のシーンが長くなりダレやすいのですが、
3DCGを多用した移動するタクシー内外の視点の見せ方で飽きさせない工夫が光ります。
第6話「涼宮ハルヒの憂鬱6」(TV放送第14回(最終回)
原作第1巻「涼宮ハルヒの憂鬱」はここまでの6話で完結します。
彼女の揺らぎと、彼と微妙にすれ違う苛立ちが巧みに表現されています。
遠まわしに、他者(視聴者含む)の視点で深読みさせる描写は妙技ですね。
世界改変の危機を回避した表現はベタでしたが、
その後に尾を引いておらず、やや距離の近づいた二人のやりとりも微笑ましい終幕です。
リニアPCM収録の抜けの良い高音質オーケストラサウンドが
クライマックスのテンションを高めているのも特筆すべき点でしょう。
特典映像はTV版予告、ねこマン展と2006年4月に都内某所で行われた
平野綾、茅原実里、後藤 邑子のグラビア撮影風景。 黒板にねこマン落書きを始める平野綾や、
何故か「恋のミクル伝説」のピアノ伴奏にハマる後藤 邑子など
なかなか楽しげな雰囲気を捉えています。ただ、声優さんに興味の無い方には蛇足に感じられるかもしれません。
おすすめ度:




製品の要約: ハルヒ・ミューティレーション!
コメント: 古泉がアダムとイブになればいいと言う所で男女のトイレのアイコンとハルヒの腰を映したのには妙な暗喩が込められているなあと思いました。
しかし今回のは新しいようで実は古い。
SFものではありきたりで、既存のセカイを壊して(或いは脱出して)セカイには二人だけで再構築していく話の筋はエヴァンゲリオンですね。
神人こそはもののけ姫のダイダラボッチですね、ありゃ。あとは巨神兵かエヴァの使徒だろうか。
巨人がセカイを壊しセカイを作るのも古今東西の神話ではよくあるテイストです。
しかしなんだってハルヒの野球観戦がセカイを知るきっかけとなったのには関心しますね。
誰もが思ったのに誰も関心を寄せないという苛立ちを募らせているというのに、みんな思ったんじゃないんでしょうかね?
だから全て壊したがるんでしょう。
何も知らない(と思っていて実はハルヒだけ取り残されているだけ)キョンをかどわかして説き伏せようとする行為こそは、丸で幼児(こども)なんですね。
なんで分かってくれないのさ!と言われても、後に自分は気付くんです。
投げ出してしまったエヴァを補完するというよりも、よいまとめ方で解決していきます。
おすすめ度:




製品の要約: 「涼宮ハルヒの憂鬱」のクライマックス
コメント: 今作で原作「涼宮ハルヒの憂鬱」のパートは終了。TV放映版の最終回でもあった涼宮ハルヒの憂鬱6(ローマ数字が変換できない)はさすがに気合が入っていて素晴らしいできになっています。
涼宮ハルヒの憂鬱5ではハルヒ自身の独白によりなぜ彼女が「憂鬱」であるのかが垣間見える地味ですが、何気に重要な名シーンがキーポイントになります。そして、ついに明かされるハルヒの偉大な力、「閉鎖空間」。ここからが「涼宮ハルヒの憂鬱」がただの学園ものではない片鱗を見せます。ハルヒは何に不満を感じ、憂鬱になり閉鎖空間を生み、そして何を望んでいたのか。その望みはそんな荘厳で高貴なものではなく、ただ誰もが持ちうる一人の少女としての単純でしかし大切な「気持ち」であった...
この3巻まで観て「面白い」と感じた人は次巻以降も観ることをお勧めしますが、「つまんなかったなあ」と思われた方はちょうど良い区切りなので今作で手を引かれたほうがよろしいかと思われます。
ただし、次巻からは今までよりはより明るくポップな学園ものとしての雰囲気が強く押し出されますし、可愛いヒロイン達のそれぞれのちょっと萌え的な要素も多く出てきます。
特に、長門有希の可愛さが急上昇してくるのはこの先ですから!
おすすめ度:




製品の要約: SF青春ハードボイルド。
コメント: 物語はSF要素に支えられ独自性を打ち出しているが括りはあくまで学園物。学園青春アニメであることを諦め
ない作品の風貌は、『灼眼のシャナ』がSFという比喩を用いて大恋愛物語を劇的且つ象徴的に普遍化していた
のを思い出させる。ジャンルに不可欠な「恋愛」が思いのほか顕在化しない今作だが、視点のベースはキョンの
一人称。ハードボイルド小説の常套的語り口を採用している点は興味深い。厳密には一人称形式にというより、
キョンによる一人称が肝心な部分を回避していくところにこそハードボイルドの本質的資質はある。彼は観客を
欺くように本音を吐かない。キョンの台詞は独白との境界が曖昧で、モノローグと思って聴いていたら、他者が
反応したことで《声に出していたのか》と分かったことが何度かあった。台詞も独白も観客を意識している点で
は大差なく、内的独白だからといって率直な心情の吐露はしないということだ。キョンは朝比奈ミクルに寄せる
好意を観客に示すがハルヒについては無下な態度を固持する。特にシャイでもなく他人に対し穏和で紳士的な態
度の取れるキョンが、ハルヒには必要以上に辛辣な態度を内心で(観客に示す目的で)崩さない。ハードボイル
ド的独白とは主体の内省を観客から覆い隠すための饒舌というレトリックである。実はSOS団のメンバー全員
に心情吐露を行わない傾向があり、殊に恋愛感情の有無は表面化しない。長門ユキは無口キャラという特性によ
り朝比奈ミクルは誰にも親切な博愛的性質によって、涼宮ハルヒは(彼女のキョンに対する好意は当事者を除
き周知の事実だが)プライド高く不器用な性格のために、恋の在るかは既成事実へと発展しない。ここに観客の
期待を裏切り続ける作品の魅力の一端があり、時系列の6話が他の回にない無防備な饒舌さを示すのは、(TV
放映の)最終回だからこそ許されるカタルシスとして、作品が自ら課した暗黙のルールを逸脱する瞬間である。
製品の要約: 彼女の憂鬱は世界の終わり
コメント:
角川スニーカー文庫刊・谷川 流原作/いとうのいぢ原作イラスト
『涼宮ハルヒの憂鬱』TVアニメ第5〜6話を収録したDVDです。
原作第1巻「涼宮ハルヒの憂鬱」の後半から最後までを描いています。
彼女の実態と彼の能力がさらに深く描かれ、憂鬱は苛立ちに変わり
世界の終わりが具現化されてしまう急展開へ繋がって物語は収束していきます。
第5話「涼宮ハルヒの憂鬱5」(TV放送第13回)
突然転校した朝倉に違和感を感じた彼女が動き始めます。
何故ハルヒは非日常を求めるようになったのか?
語られる真実と憂鬱さが深まる展開、彼の語る自身の能力、
世界の定義の揺らぎに事態の深刻さはさらに拡大していき、観る者を惹きつけます。
やはり「語り」のシーンが長くなりダレやすいのですが、
3DCGを多用した移動するタクシー内外の視点の見せ方で飽きさせない工夫が光ります。
第6話「涼宮ハルヒの憂鬱6」(TV放送第14回(最終回)
原作第1巻「涼宮ハルヒの憂鬱」はここまでの6話で完結します。
彼女の揺らぎと、彼と微妙にすれ違う苛立ちが巧みに表現されています。
遠まわしに、他者(視聴者含む)の視点で深読みさせる描写は妙技ですね。
世界改変の危機を回避した表現はベタでしたが、
その後に尾を引いておらず、やや距離の近づいた二人のやりとりも微笑ましい終幕です。
リニアPCM収録の抜けの良い高音質オーケストラサウンドが
クライマックスのテンションを高めているのも特筆すべき点でしょう。
特典映像はTV版予告、ねこマン展と2006年4月に都内某所で行われた
平野綾、茅原実里、後藤 邑子のグラビア撮影風景。 黒板にねこマン落書きを始める平野綾や、
何故か「恋のミクル伝説」のピアノ伴奏にハマる後藤 邑子など
なかなか楽しげな雰囲気を捉えています。ただ、声優さんに興味の無い方には蛇足に感じられるかもしれません。
おすすめ度:
製品の要約: ハルヒ・ミューティレーション!
コメント: 古泉がアダムとイブになればいいと言う所で男女のトイレのアイコンとハルヒの腰を映したのには妙な暗喩が込められているなあと思いました。
しかし今回のは新しいようで実は古い。
SFものではありきたりで、既存のセカイを壊して(或いは脱出して)セカイには二人だけで再構築していく話の筋はエヴァンゲリオンですね。
神人こそはもののけ姫のダイダラボッチですね、ありゃ。あとは巨神兵かエヴァの使徒だろうか。
巨人がセカイを壊しセカイを作るのも古今東西の神話ではよくあるテイストです。
しかしなんだってハルヒの野球観戦がセカイを知るきっかけとなったのには関心しますね。
誰もが思ったのに誰も関心を寄せないという苛立ちを募らせているというのに、みんな思ったんじゃないんでしょうかね?
だから全て壊したがるんでしょう。
何も知らない(と思っていて実はハルヒだけ取り残されているだけ)キョンをかどわかして説き伏せようとする行為こそは、丸で幼児(こども)なんですね。
なんで分かってくれないのさ!と言われても、後に自分は気付くんです。
投げ出してしまったエヴァを補完するというよりも、よいまとめ方で解決していきます。
おすすめ度:
製品の要約: 「涼宮ハルヒの憂鬱」のクライマックス
コメント: 今作で原作「涼宮ハルヒの憂鬱」のパートは終了。TV放映版の最終回でもあった涼宮ハルヒの憂鬱6(ローマ数字が変換できない)はさすがに気合が入っていて素晴らしいできになっています。
涼宮ハルヒの憂鬱5ではハルヒ自身の独白によりなぜ彼女が「憂鬱」であるのかが垣間見える地味ですが、何気に重要な名シーンがキーポイントになります。そして、ついに明かされるハルヒの偉大な力、「閉鎖空間」。ここからが「涼宮ハルヒの憂鬱」がただの学園ものではない片鱗を見せます。ハルヒは何に不満を感じ、憂鬱になり閉鎖空間を生み、そして何を望んでいたのか。その望みはそんな荘厳で高貴なものではなく、ただ誰もが持ちうる一人の少女としての単純でしかし大切な「気持ち」であった...
この3巻まで観て「面白い」と感じた人は次巻以降も観ることをお勧めしますが、「つまんなかったなあ」と思われた方はちょうど良い区切りなので今作で手を引かれたほうがよろしいかと思われます。
ただし、次巻からは今までよりはより明るくポップな学園ものとしての雰囲気が強く押し出されますし、可愛いヒロイン達のそれぞれのちょっと萌え的な要素も多く出てきます。
特に、長門有希の可愛さが急上昇してくるのはこの先ですから!
おすすめ度:
製品の要約: SF青春ハードボイルド。
コメント: 物語はSF要素に支えられ独自性を打ち出しているが括りはあくまで学園物。学園青春アニメであることを諦め
ない作品の風貌は、『灼眼のシャナ』がSFという比喩を用いて大恋愛物語を劇的且つ象徴的に普遍化していた
のを思い出させる。ジャンルに不可欠な「恋愛」が思いのほか顕在化しない今作だが、視点のベースはキョンの
一人称。ハードボイルド小説の常套的語り口を採用している点は興味深い。厳密には一人称形式にというより、
キョンによる一人称が肝心な部分を回避していくところにこそハードボイルドの本質的資質はある。彼は観客を
欺くように本音を吐かない。キョンの台詞は独白との境界が曖昧で、モノローグと思って聴いていたら、他者が
反応したことで《声に出していたのか》と分かったことが何度かあった。台詞も独白も観客を意識している点で
は大差なく、内的独白だからといって率直な心情の吐露はしないということだ。キョンは朝比奈ミクルに寄せる
好意を観客に示すがハルヒについては無下な態度を固持する。特にシャイでもなく他人に対し穏和で紳士的な態
度の取れるキョンが、ハルヒには必要以上に辛辣な態度を内心で(観客に示す目的で)崩さない。ハードボイル
ド的独白とは主体の内省を観客から覆い隠すための饒舌というレトリックである。実はSOS団のメンバー全員
に心情吐露を行わない傾向があり、殊に恋愛感情の有無は表面化しない。長門ユキは無口キャラという特性によ
り朝比奈ミクルは誰にも親切な博愛的性質によって、涼宮ハルヒは(彼女のキョンに対する好意は当事者を除
き周知の事実だが)プライド高く不器用な性格のために、恋の在るかは既成事実へと発展しない。ここに観客の
期待を裏切り続ける作品の魅力の一端があり、時系列の6話が他の回にない無防備な饒舌さを示すのは、(TV
放映の)最終回だからこそ許されるカタルシスとして、作品が自ら課した暗黙のルールを逸脱する瞬間である。
TVアニメの本放送版しか見ていなかった人にこそ、見てほしいDVD『涼宮ハルヒの憂鬱 3』。TVアニメの本放送では12話だった「憂鬱 V」、最終回だった「憂鬱 IV」を収録。ハルヒや登場人物たちの正体を明かしつつ、キョンのいる現実世界にとどまろうとするハルヒの姿を描く。『涼宮ハルヒの憂鬱』という物語が、SF的な時空を超えたラブストーリーであることをあらわすクライマックスである。閉鎖空間に閉じ込められたキョンのもとに、長門がパソコンの回線を通じて、メッセージを送るシーンは感動のひとこと。長門のキョンに対する想いが伝わってくるのだ。この結末を迎えたあとも、ハルヒやキョンの冒険は続く。この話を見たあとに、残りのDVDシリーズを見ると違った発見ができるに違いない。(志田英邦)





前のページに戻る